Thinking In The Past.

Deportare Partners Newsletter 2018年10月号

2018.10.05

成功体験がある人は強いということはよく言われます。確かに成功体験を持つ人は挑戦に対し抵抗感がないように見えますし、自信があるようにも見え、良い点が多いと考えられます。では具体的には成功体験とは一体なんなのでしょうか。何かを成功しさえすればそれは成功体験になるのでしょうか。それともなんらかの条件の上で成功したものでなければ成功体験にはならないのでしょうか。また成功体験はなぜよい影響をもたらすのでしょうか?

人類はほとんどの時代で生まれた時から死ぬ時まで環境は変化しませんでした。また人工的なものも極めて限定的だったと思われます。ですから、生まれた時の環境に適応しそのまま生きていくことがもっとも生存確率を高めたと考えられます。自らが人生にビジョンをもってそこから逆算し努力して、自らの行動を変え、結果を変えていくというプロセスは最近のものであり、私たちのこれまでの生き方とは随分違っていると考えられます。

私の定義では成功体験とは、自らの努力により現状の自分や環境を変えることと、当たり前と思っていたことを変える体験です。あるバスケットボールチームで自分はずっとレギュラーではなかった。だけれど、レギュラーにどうしてもなりたかったのでチームに足りない役割を考え、その役割を果たすべく毎朝一時間家の前で自主練習をし、一年後ついにレギュラーになれた。一年前にはなかったが、その時にはチームに貢献できるだけの何かを選手は持っていたといえます。おそらくこの選手の中では、難しいと思っていたこともやればできるんだという感覚と、時々迷っていたけれどもやり抜いて良かったという感覚が残ると思います。これらを私は成功体験と呼んでいます。
つまり成功体験を持った瞬間、人間は、現状は自分の力で変えうるということを体験的に学ぶのではないかと思います。だから、私の定義では本人が最初から難しくないと思っていたことを実現するのは成功体験とは呼びません。あくまで最初に難しい、できないと思っていたことができる体験を成功体験と呼んでいます。

一旦成功体験を得るとどのように世界が変わるのか。例えば、現状の自分や社会の当たり前から考えると、ある思いついたアイデアは実現するのが難しいとします。しかし成功体験があると、当たり前と思っていることも、現在の自分も、将来本当にそのままなのかと疑うようになります。なぜならば、人生で難しいと思い込んでいたことを実現した体験があるからです。世の中でそうだと言われていることは本当にそうなのかを疑い、自分自身が持っている力を信じるようになり、自分をうまく使いながら状況を変えていくようになると思われます。
一方で、そのような感覚がなければ、人は現状を肯定するようになると思います。これは、昨日と同じことを今日もやる上ではとても大事なことだろうと思います。しかし、成長したり変化をするときに本人も周辺も大変苦しみます。なぜならば物事は基本的に変わらないし、人間にそれをできる力はないというモデルを生きているので、現状を疑い現状を変えることに取り組むことができません。仮に取り組んでも実は信じていません。その人に悪気はなくても、主体性を欠くように見えることも多いですし、何より本人は無力感の中を生きていて辛いことも多いのではないでしょうか。

もちろん全てを人は変えられるわけではありませんし、限界もあります。また成功体験があってもむしろ成功に固執ししがみつく人や、成功体験があっても自分を信じられない人、成功体験がなくても自分を信じられる人もいると思います。大まかな傾向の話と思ってください。
私の経験上、自分の可能性を拡げ尽くした人はいません。どんな五輪選手でも引退した後、新しい知識を得たときに、これを現役時代に知っていればもっと自分は上に行けたのではないかと考えます。それは裏を返せば人には限界がない(人生で限界に到達することは極めて稀)ということで、自分で自分を信じ続ける限り可能性は拡がり続けるのだろうと思います。そして、成功体験により自分は変わったという体験を持つ人のうち何割かは、自分も変われたのだから体験さえあれば人は変われると信じるようになり、なんらかの成功体験をえてもらおうと働きかけるようになります。その連鎖がうまくいけば、人の可能性が拡がり続けるのではないかと私は考えています。