Thinking In The Past.

勝負強さの正体 Deportare Partners Newsletterより

2021.06.09

鳥取で行われた布施スプリント競技会で山縣選手が9”95の日本記録で走り、日本人4人目の9秒台スプリンターとなりました。五輪の標準記録を突破したことになりますから、日本選手権で3位に入れば五輪代表が内定します。
山縣選手は過去2年間怪我やスランプに悩みました。今年の春先のレースでもあまり良いタイムが出なかったので今年は厳しいのではないか、とも言われていました。それが東京五輪まで2ヶ月を切ったこのタイミングで日本記録を出して調子を上げてきたところに、山縣選手の強さを感じます。

これで日本には4人の9秒台スプリンターが誕生したことになります。山縣選手の9”95、サニブラウン選手の9”97、桐生選手の9”98、小池選手の9”98です。わずか0”03の間に4人がいることになります。
このレベルになってくると勝負を分けるものが足の速さから勝負強さに変わります。ほとんど同じ実力なのでその日その瞬間に最も良い走りをできた選手が勝つからです。勝負強さは、自分の心を扱う技術、そこに至るまでの体調を扱う技術、の二つに分けられます。この両方を合わせて私たちは勝負強さと呼んでいます。

私たちの世界で発揮率という言葉があります。シンプルな計算式でその年に出したベストタイムに対しその年の最も重要な大会で出したタイムが速いのかどうかを割り出すものです。例えば10秒00がその年のベストタイムの選手がオリンピックで9秒台を出せば100%を超えたことになりますし10”00より遅ければ100%を割ることになります。発揮率とは要するに陸上選手にとっての勝負強さの指標となります。

トレーニングの原則は生物の環境に適応する力を利用しています。筋肉に刺激を入れるとそれに対してより適応しよう(強くなろう)とする力が生物には備わっています。鍛えれば筋肉は前よりも太くなるのも、この力を利用しています。ただこの刺激を入れて回復するまでには時間が少しあります。月曜日に練習すると、火曜日に筋肉痛がきて、水曜日にやや回復し、木曜日にはすっかり回復し、金曜日に月曜日よりも高い水準で力を発揮できるということです。
試合に向けて調整をするピーキングとはこの力を利用しています。一年単位で計画している身体の作り方があり、そして週単位の調整があり、一日単位の調整があります。要するにいくつかの波を作りながら本番で最も波が高い状態を作ろうとしているわけです。

このピーキングが上手い選手の特徴はなんでしょうか。以下の三つに分けられます。
・自分の今の状態を把握できる
・自分の身体の反応の癖を知っている
・トレーニングに多様性がある
です。自分の今の状態がわかれば試合の時にあるべき体調とのギャップがわかり、反応の癖がわかればどの練習をすればいいかがわかり、トレーニングに多様性があればどんな状態にも対応できるということです。
逆にピーキングが下手な選手は、ワンパターンにはまり込むことや、自分の状態を理解するのが下手な選手が多いです。外から見てピーキングが下手な選手の性格は
・自分が現在どうであるかよりも「どうであるべきか」と考える傾向にある
・既存のトレーニングや、既存の理論に固執する
です。生真面目であり応用が効きにくい選手は、細かい体調の変化に対応できずピーキングがうまくならない印象があります。また、この性格自体が本番で心を扱う際にも邪魔をする傾向にあります。これらを乱暴に言い切って仕舞えば、柔軟な選手は勝負強く、硬直化した選手は勝負に弱いということです。

日本選手権まであと3週間。この時期にどんな過ごし方をするかで勝負が決まります。それぞれ個性的な選手たちが、今までの経験から自分自身をうまく扱いつつ本番を迎えます。どんな結果になるか今から楽しみです。

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